DAY0 - ロンドンへ飛ぶ

 
2021年7月1日、私は羽田からロンドンへ飛んだ。
 
4月中旬に最速7月にロンドンに行くかも、と伝えられてからあれよあれよという間に
7月1日渡航と決まり、食事もおろそかになるくらい、ビザ取得や荷造りに追われていた。
 
夫には「会社で海外研修の制度があり、希望しているからいつかその時が来る」と伝えており
決まったと話したときは一緒に喜んでくれて、とても嬉しかった。
一方で、渡航の日が近づくにつれ、私がいそいそと準備をする様子を見て
しょんぼりする姿を見せるようになり、私が逆の立場であったらかなり悲しいと思うので
申し訳なく思ったりした。
 
渡航当日は本降りの雨で、しかもラッシュの時間帯に重なり
びしょ濡れかつ、窮屈な思いをしながら羽田に向かう電車に乗っていた。
30キロ近くある荷物が3つもあり、夫がいなければ絶対に定刻にたどり着けていなかったので
平日にわざわざ有給を取り、見送りに来てくれた夫に心の底から感謝した。
 
こうして、不便も厭わず相手のために行動するのが家族なのだな、
そういう存在に互いはなったのだと(結婚してもう3年も経つのに)しみじみ思う。
 
空港には義理の母、実の母、祖母が見送りに来てくれていた。
羽田空港は既存便の半分近くがキャンセルになっており、人もまばらであった。
 
昼前の便であったので、少しお茶をして、見送りを受け機内に移った。
離陸の時は不思議と高揚感は無く、さも自分がロンドンに行くのが当然のような
平然とした気分であった。
 
このロンドン行きは上述の通り、会社の海外研修によるものだ。
1年間限定だが、現地に住み、自社のUKオフィスに勤務し、チャンスがあれば更に
取引先に研修に行き、見聞を広めるという趣旨のプログラムである。
 
私は海外で暮らしたことが一度もない。ちなみに一人暮らしをしたこともない。
ビザの申請手続きや居宅の賃貸手続きを通して、海外(殊に英国)で一定期間暮らすことに
いかに金がかかるかということを実感した。
恐らく自分が大学生であったら、そこまでして成し遂げたいことが現地であるか疑問を持ち
海外行きは早々に諦めてしまうような気がした。
 
私は大学時代、コテコテのドメスティック人間であったので留学に行ったことが無い。
ただ海外に興味が無かったわけではなく、国内にいる人間やそこで出来るアクティビティが大変面白く
海外に行く優先順位が低かったというのが正直なところだ。
 
だが会社に入ってから、海外研修を経験した先輩方から話を聞き
海外に滞在し、仕事をすることはどうやら面白そうだと思い始め、
なるべく早いタイミングで行きたいと上司や人事に考課のタイミングごとに伝えていた。
一方足元はコロナ禍であるわけで、通常よりも外地に人間を送るハードルは高い。
(実際、出入国の手続きはPCR検査や隔離があるなど通常よりも大分厄介である)
その中で、入社5年目といえど、まだまだヒヨコのような人間を送ろうと決めてくれた会社に対しては
とても感謝をしている。
 
また会社だけでなく、渡航の準備期間を通して、自分が夫や互いの家族、
旧来の友人に支えられ、ロンドンに飛び立つをいうことを実感した。
私は希望しただけで、私をロンドンまで飛ばす力を与えてくれたのは周囲の人間のお陰なのだ。
離陸し機体が浮揚する瞬間、自分が周りの人間に胴上げされているような絵が浮かんだ。
 
皆がエイヤと力を合わせて私をここまで飛ばしたのだ。
事実、そうして私は1万キロ近く離れたこの地まで辿り着いた。
 
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入国手続きは事前に準備した書類を出すと呆気なく終わった。
渡航直前まで強烈に感じていた不安も、迎えに来てくださった先輩の顔を見たら
するするを解けていった。
 
入国者は公共交通機関が使えないため、先輩の車で隔離先まで届けて頂いた。
ヒースロー空港から40分程度走ると、ロンドン市内に入る。
市内の建物はかなり年季が入った石造り、レンガ造りのものが多く
さながらハリーポッターの映画の中に飛び込んだような気分であった。
 
私はこの街のことをまだ何も知らず、そしてこれから短い間ではあるが
その一員となるチャンスを得ていて、今後新たなもの、こと、人と出会うだけである、
ということが、極限まで私の胸を高鳴らせ、見るもの全てが冗談ではなく輝いて見えた。
 
迎えに来てくださった先輩は既に2年駐在しており、帰国の時期が迫っている。
完全におのぼりさん状態の私を横目に、「なんか、来たばっかりってええなあ」と呟いていたのが印象的であった。
そんな風に言われても、でも、だってこれ、ガイドブックに載っていたアレですよね!?と
私は助手席で大騒ぎし続けていた。
 
夜、隔離先に滞在中の食糧が運び込まれた。
隔離中は必需品の買い物でさえ許されないが、食事のつかないアパートメントであったので
スーパーで先輩方が買ってきて下さったのだ。
 
時差と道中の疲れもあり、この日は部屋で着替えることもままならず倒れるように寝た。