DAY3 - 食糧が底をつきかける

 
7月4日、日曜日。
 
今日は先輩に一つお願い事をせねばならない。食糧の買い出しである。
 
1日にたっぷり食糧を届けて頂いた。だが、長持ちすると思われていたパンや
お惣菜など、意外と食べきってしまったり、2日経たずにカビが生え始めてしまい
食べるのを諦めたりしたものがあり、日持ちする炭水化物が必要なことを認識したことと、また何としても食のバリエーションを確保しないと、自分はご飯を食べなくなる一方だということに気が付き、元々この日に私のアパートメントに立ち寄る予定であった先輩に早速skypeを入れた。
 
恐縮しながらがっつり買い出しのお願いをした後、ロンドンでメジャーなスーパー"TESCO"のページを眺めているとなんと配送サービスがあるではないか!!(https://www.tesco.com/
配送センターからまとめて送られてくる方式(Home delivery)と、近くのショップから配送員がピックアップしてくれる方式(Click & Collect)の2通りがあり、後者であれば最速明日月曜に届けてくれることが判明。
もちろんスロットに空きがあれば当日中の配送も可だ。
※Click & Collectは配送はされず、店内の品を集め店の入り口で受け取ることが出来るサービスと後日判明致しました。
 
ひとまず今日の夕飯すら無いため先輩へのお願いは継続しつつ、ラインナップを見てみた。
 
ロンドンの特徴として、まず外食は高い。ちょっとした食事をしようとすると£15はすぐに超えるらしく日本円だと2000円超えだ。だが生鮮品は思ったより安く、例えば玉ねぎは1キロで80円くらい。
先輩曰く、人の手が入ると途端に値段が跳ね上がるとのこと。
イギリスで働いていただくお給料はイギリスで使い切るつもりであるが、これから自炊する機会も増えそうなので、品揃えを注視しておくことにした。
 
フルーツジュースや出来合いのスープ、ついでに持参していなかったシャンプーやリンスなどを購入。
お米も試しに1kg買ってみた。ラインナップにはジャスミンライスか長米しかなく、粘り気は少ないと言われるもののジャスミンライスよりはあるだろうと思い、リゾット用のコメにしてみた。
ちなみに過去ロンドン研修に来ていたある先輩は、普通のコメの代わりに"Pudding rice"を使っていたとのこと。
Pudding riceは通常乳粥に用いられるもの(らしい)で、以前トランジットを逃し奇跡的に泊まれたカタールの高級ホテルで食べたような気がする。粘り気が出やすく、より日本米に近いのだろう。
 
面白そうな果物も見つけた。
Goose berry(https://www.shuminoengei.jp/m-pc/a-page_p_detail/target_plant_code-573)、日本名でセイヨウスグリと呼ばれる果物で、小ぶりな黄緑の実にすっとスイカのような線が入っている。
熟す前は酸味があるため主に加工用、ジャム用に使われるようだが、こちらにいるうちに是非トライしたい品となった。
 
また、西洋でよく見かける蟠桃(平たい桃)も5個£1で売っている。熟すと日本の桃より甘くて美味しいと言われる品種だ。
日本にいるうちは値段が高くあまり手が伸びない果物も、こちらでは容易に手に入りそうだ。
生鮮品をたくさん買い込んで楽しむのがこちらの賢い過ごし方なのかもしれない。
 

DAY2 - 束の間の外出

 
7月3日、土曜日。こちらに来てから初めての休日だ。
 
だが今日の私には重要なミッションがある。入国2日目のPCR検査だ。
DAY1で書いた通り、私は入国2日目、8日目でのPCR検査が必須なのである。
 
検査の方法はクリニックor自宅、専門家による検体収集or自分で収集の4パターンから選ぶことが出来る。
この2回の検査を予約し、所定のフォームで事前に申告をしないと入国自体が認められない。
 
英国政府のサイトから指定の業者を探すのだが、大体5000円~数万円程度のレンジで
星の数ほど業者がおり、日本との体制の違いに驚いた。
日本だと業者を探すこと自体結構難しい。検索すればすぐに出てくるものの、
まずリスト化はされていないし(政府が要求していないので当たり前だが)
どのくらいの時間間隔で結果が提供されるのか、またその価格もきちんと調べないと不明瞭な場合が多い。
普通にPCR検査を受けたい人と、渡航で受けなければいけない人の線引きも為されていないのだろう。
 
英国政府に登録されている業者はトップページから、自分たちはどの検査のプロバイダーで、
検査方法や納期も明確に書いてある。そのため、自分のような全く経験が無い人間でも比較的容易に準備が出来た。
 
渡航者は隔離中、必需品の買い物にすら出られないが、PCR検査のためであれば外出はしても良い。
外部のクリニックで受けることにすれば、そのための移動であれば可能となるため、少し悩んだが
ロンドンの地理に明るいわけでもないし、休日に重なるため最悪上司の手助けも受けられないかもしれない。
また隔離中はどうせ家にずっといるので、自宅で行う検査が一番楽だと思い、郵送の検査キットを使うことに決めた。
 
しかし、現地に到着するなりいきなり上司から「ごめん、何かホテル側の事情で違う住所の部屋に泊まってもらうことになった」
と告げられ、急いで配送先を変えてもらった。手配業者の返事も”Hi, I have now changed this for you."と淡泊だったので
本当に届くかかなり不安だった。
 
だがそれは幸い杞憂に終わり、検査日の午前中にしっかり検査キットが届いた。
試行錯誤しながら検体を取り、配送前にシールに記名しようとした時、台紙と
手持ちのボールペンの相性が恐ろしく悪く、全くインクが出ず、30分程悪戦苦闘し、
2歳児が書いたようなラベルが完成した。もちろん、こんなことが起きると分かっていれば事前に油性ペンを持ってくるのだが、
かといって買い物に行くことも出来ず、試し書き用の紙とシールを30往復くらいした辺りでもどかしさが頂点に達し、
XXXKIN COVID-19.....と天を仰いだりした。
 
検体が出来たので発送をする。発送はRoyal Mailの優先ポストに入れればよいので、
近場のポストを探しつつテムズ川沿いを散歩した。
 
私の隔離先はロンドン橋にほど近い、昼間はオフィス街となる地域だった。
日本で言うと神田や秋葉原のようなイメージだろうか。昼間人口が減るためか、土日は飲食店が閉まっていることが多い。
テムズ川沿いに歩くと、ガイドブックの表紙によく載っているタワーブリッジのたもとまで来た。
タワーブリッジ左右に2つの塔を持ち、船の通航のため開閉可能な橋となっている。
テムズ川は大小多くの観光船が自由に行き交い、広くて賑わっている隅田川のように見えた。
 
川沿いでは多くの人がレストランで食事を楽しみ、ランニングや犬の散歩をし、観光をしていた。
やはりマスクは多くの人がしていない。こんなにも多くの人がノーマスクだと、自分がさも重症患者のような気がしてきて
気分が萎えてくる。また、自分がこの街に慣れていない東洋人であることが強調されてしまうようで
それも嫌だった。しかし、自分にはワクチンを打っていないという大きなハンデがあるので、マスクの装着は必須だ。
 
この日は朝からぱらぱらと雨が降っていたが、外出した昼過ぎには止んで、爽やかな風が吹き渡っていた。
 
外国に行くと、気候や空気の匂いの違いから強烈に「自分は異国にいる」ことを自覚させられることがある。
4年前に訪れたウズベキスタンカザフスタンではその湿度の低さでそれを感じたし、
2年前のインドではスパイス、ごみ、排気ガスなどが綯い交ぜになった空気の匂いからそれを感じた。
 
その点、ロンドンは自分が異国にいると感じさせる要素があまり無い。
もちろん景観は異なるのだが、看板や人々が話す言葉も英語で、何とか自分でも読み取ることが出来るし
想定の範囲内”の外国だ。
 
カザフスタンアルマトイを訪れた際は、気候も全く違うし、想像を超える山脈が眼前に広がり(天山山脈)、
英語も全く通じないため(ロシア語が第二言語としての外国語という扱い)、強く異国にいることを感じた。
カザフスタンに住む人自体はモンゴロイドの血が入っている人も多く、顔は日本人に似ていたりする。
だが英語は話せないため、互いに意思疎通を図ろうとしても一方は英語、一方はロシア語で全く会話が嚙み合わず
鏡の中にいる自分に話しかけているような、パラレルワールドにいるような気がして、切ない気持ちになった。
 
一方、ロンドンは風に少し湿度があるのも日本と似ているように感じられ、自分は恐らく
この国であまりストレス無く暮らせるだろうということが想像されて、少し嬉しいような、
またせっかくコロナ禍で外国に来ることが出来たのに、勿体ないような気もした。
 
散歩しながら電話をしていた夫は、終始羨ましそうに相槌を打っていた。夫は高校生の時に
数週間イギリスに旅行に来ており、その時に食べたテムズ川のウナギ(※注:日本のウナギとは全く味は異なる)が
いかにまずく、ドブのような味がし、付け合わせのマッシュポテトを使って間食したかを誇らしげに話してくれた。
私はリアクションで笑ってくれる人がいない時は体を張りたくないのでまっぴらごめんだが、
国外への渡航が難しい環境下、まだまだこの国で体験しなきゃいけないことは沢山あるなと気を取り直した。
 
束の間の外出は隔離中の自分にとって、大いなる気分転換となった。
 
時差ボケも少しずつ解消されているようで、この日は21時くらいまで起きていることが出来た。
 

DAY1 - 最初のWORK DAY

 
2021年7月2日、金曜日。
 
完全なる時差ボケで朝4時頃目が覚めた。だが、それでも既に外は明るかった。
7月のロンドンは日が長い。下手すると21時前まで明るいので、羽田から常に明るい場所を渡ってきた自分の目は
チカチカしていた。
 
稼働日なので、次々と社用携帯に先輩方の”始業連絡”が入ってくる。
UKオフィスは週2回程度の出勤、あとは在宅勤務で運用されているそうだ。
 
私はというと、21年7月現在、日本から英国への渡航者は最大で11日間の自主隔離が義務付けられている。
更に入国2日目、8日目にPCR検査の受検が必要で、
5日目に任意でPCR検査を受検し陰性であれば隔離を終えてもよい、”Test to release”と呼ばれる制度がある。
つまり最低でも6日間は隔離生活を強いられるということだ。
仮に5日目に陰性であっても、8日目のPCR検査は受けなければいけない。
 
上記の制度上、到着日はDAY0とされているため
このノートも日付を思い出しやすいようにそのような表記にしている。
 
とりあえず会社のメールは見れるが、よく分からないため目星をつけたものを開封したりしていた。
また、在宅勤務用のPCセットアップやもろもろITインフラ周りを整えた。
東京とやり取りするものもあり、しかし向こうは既に夕方であるため時間との戦いである。
時差ボケで何が何だかよく分からず、東京が定時過ぎであるのに平気でメールを送ってしまったりして
後から読んで恥ずかしかった。
 
オフィスの方々は隔離されている私のことをよく気にかけてくださり、
午後にはホテル側の手違い(?)で手配されなかったWifiの代替品を
先輩がわざわざ届けて下さった。
その際、何か買うものはあるか?と気遣ってくださり、昼過ぎからに強烈な眠気に襲われていた私は
エナジードリンクをお願いし、買ってきてもらった。
 
数日慌ただしかったということもあり、たった半日でも外の空気に触れないと心が澱んでいく気がする。
家にいる間は気づかないのだが、Wifiを受け取りに外に出て、先輩と話したら恐ろしく気が晴れたので
そう思った。
 
この日はちょうど開催されていたウィンブルドンの試合やBBCのショーをテレビで観た。
 
イギリスのCOVID-19陽性者数は2万人/日を超えているが、ワクチン接種が進んでいるため
「陽性になる人は、ワクチン打ってない人でしょ?」とでもばかりに街中の人間は皆マスクをしていない。
レストランも通常営業しており、6人以下の会食は良いそうだ。
隔離先のアパートメント1階がパブなのだが、15時を過ぎるとテラス席が設けられ
続々と人が集まり、つかの間の夏を楽しむかのようにビールを飲み始めるのであった。
 
だが数字だけ見ると陽性者数は日本の10倍以上なので、かなり違和感を感じてしまう。
またワクチンが膾炙している中で私はNon-Vaccinatedなので、周囲と同じテンションで過ごすと
すぐに罹るなと思われ、少し怖く、届く郵便物やエレベーターのボタンもなるべく消毒したり手で触らないようにしていた。
 
画面越しに見る限り、ウィンブルドンの会場でマスクをしている人はほぼ皆無であった。
入場の際、PCR陰性証明書かワクチン接種2回目から2週間以上経過していることが条件になると聞いた。
日本でもワクチンパスポートが検討されていると報道されており、こんな形で運用されていくのかなあと思った。
 
ただ、ワクチンは個人の意思に関わらず健康上の理由で打てない人もおり
一様にワクチンパスポートで遂行可否が決まるのは打てない人が少し可哀想だなと思ったりする。
 
いずれにせよ自分は副作用は嫌だが(普通のワクチンでもダメージが大きいため、高熱は絶対に出ると思われる)
とっとと打ちたい派なので、NHSのワクチン接種のページを眺め、来週以降の手続きの段取りを考えるなどした。
 
頂いたエナジードリンクを飲み干したものの、強烈な眠気には勝てず18時頃には床についてしまった。
 

DAY0 - ロンドンへ飛ぶ

 
2021年7月1日、私は羽田からロンドンへ飛んだ。
 
4月中旬に最速7月にロンドンに行くかも、と伝えられてからあれよあれよという間に
7月1日渡航と決まり、食事もおろそかになるくらい、ビザ取得や荷造りに追われていた。
 
夫には「会社で海外研修の制度があり、希望しているからいつかその時が来る」と伝えており
決まったと話したときは一緒に喜んでくれて、とても嬉しかった。
一方で、渡航の日が近づくにつれ、私がいそいそと準備をする様子を見て
しょんぼりする姿を見せるようになり、私が逆の立場であったらかなり悲しいと思うので
申し訳なく思ったりした。
 
渡航当日は本降りの雨で、しかもラッシュの時間帯に重なり
びしょ濡れかつ、窮屈な思いをしながら羽田に向かう電車に乗っていた。
30キロ近くある荷物が3つもあり、夫がいなければ絶対に定刻にたどり着けていなかったので
平日にわざわざ有給を取り、見送りに来てくれた夫に心の底から感謝した。
 
こうして、不便も厭わず相手のために行動するのが家族なのだな、
そういう存在に互いはなったのだと(結婚してもう3年も経つのに)しみじみ思う。
 
空港には義理の母、実の母、祖母が見送りに来てくれていた。
羽田空港は既存便の半分近くがキャンセルになっており、人もまばらであった。
 
昼前の便であったので、少しお茶をして、見送りを受け機内に移った。
離陸の時は不思議と高揚感は無く、さも自分がロンドンに行くのが当然のような
平然とした気分であった。
 
このロンドン行きは上述の通り、会社の海外研修によるものだ。
1年間限定だが、現地に住み、自社のUKオフィスに勤務し、チャンスがあれば更に
取引先に研修に行き、見聞を広めるという趣旨のプログラムである。
 
私は海外で暮らしたことが一度もない。ちなみに一人暮らしをしたこともない。
ビザの申請手続きや居宅の賃貸手続きを通して、海外(殊に英国)で一定期間暮らすことに
いかに金がかかるかということを実感した。
恐らく自分が大学生であったら、そこまでして成し遂げたいことが現地であるか疑問を持ち
海外行きは早々に諦めてしまうような気がした。
 
私は大学時代、コテコテのドメスティック人間であったので留学に行ったことが無い。
ただ海外に興味が無かったわけではなく、国内にいる人間やそこで出来るアクティビティが大変面白く
海外に行く優先順位が低かったというのが正直なところだ。
 
だが会社に入ってから、海外研修を経験した先輩方から話を聞き
海外に滞在し、仕事をすることはどうやら面白そうだと思い始め、
なるべく早いタイミングで行きたいと上司や人事に考課のタイミングごとに伝えていた。
一方足元はコロナ禍であるわけで、通常よりも外地に人間を送るハードルは高い。
(実際、出入国の手続きはPCR検査や隔離があるなど通常よりも大分厄介である)
その中で、入社5年目といえど、まだまだヒヨコのような人間を送ろうと決めてくれた会社に対しては
とても感謝をしている。
 
また会社だけでなく、渡航の準備期間を通して、自分が夫や互いの家族、
旧来の友人に支えられ、ロンドンに飛び立つをいうことを実感した。
私は希望しただけで、私をロンドンまで飛ばす力を与えてくれたのは周囲の人間のお陰なのだ。
離陸し機体が浮揚する瞬間、自分が周りの人間に胴上げされているような絵が浮かんだ。
 
皆がエイヤと力を合わせて私をここまで飛ばしたのだ。
事実、そうして私は1万キロ近く離れたこの地まで辿り着いた。
 
///
 
入国手続きは事前に準備した書類を出すと呆気なく終わった。
渡航直前まで強烈に感じていた不安も、迎えに来てくださった先輩の顔を見たら
するするを解けていった。
 
入国者は公共交通機関が使えないため、先輩の車で隔離先まで届けて頂いた。
ヒースロー空港から40分程度走ると、ロンドン市内に入る。
市内の建物はかなり年季が入った石造り、レンガ造りのものが多く
さながらハリーポッターの映画の中に飛び込んだような気分であった。
 
私はこの街のことをまだ何も知らず、そしてこれから短い間ではあるが
その一員となるチャンスを得ていて、今後新たなもの、こと、人と出会うだけである、
ということが、極限まで私の胸を高鳴らせ、見るもの全てが冗談ではなく輝いて見えた。
 
迎えに来てくださった先輩は既に2年駐在しており、帰国の時期が迫っている。
完全におのぼりさん状態の私を横目に、「なんか、来たばっかりってええなあ」と呟いていたのが印象的であった。
そんな風に言われても、でも、だってこれ、ガイドブックに載っていたアレですよね!?と
私は助手席で大騒ぎし続けていた。
 
夜、隔離先に滞在中の食糧が運び込まれた。
隔離中は必需品の買い物でさえ許されないが、食事のつかないアパートメントであったので
スーパーで先輩方が買ってきて下さったのだ。
 
時差と道中の疲れもあり、この日は部屋で着替えることもままならず倒れるように寝た。