DAY2 - 束の間の外出

 
7月3日、土曜日。こちらに来てから初めての休日だ。
 
だが今日の私には重要なミッションがある。入国2日目のPCR検査だ。
DAY1で書いた通り、私は入国2日目、8日目でのPCR検査が必須なのである。
 
検査の方法はクリニックor自宅、専門家による検体収集or自分で収集の4パターンから選ぶことが出来る。
この2回の検査を予約し、所定のフォームで事前に申告をしないと入国自体が認められない。
 
英国政府のサイトから指定の業者を探すのだが、大体5000円~数万円程度のレンジで
星の数ほど業者がおり、日本との体制の違いに驚いた。
日本だと業者を探すこと自体結構難しい。検索すればすぐに出てくるものの、
まずリスト化はされていないし(政府が要求していないので当たり前だが)
どのくらいの時間間隔で結果が提供されるのか、またその価格もきちんと調べないと不明瞭な場合が多い。
普通にPCR検査を受けたい人と、渡航で受けなければいけない人の線引きも為されていないのだろう。
 
英国政府に登録されている業者はトップページから、自分たちはどの検査のプロバイダーで、
検査方法や納期も明確に書いてある。そのため、自分のような全く経験が無い人間でも比較的容易に準備が出来た。
 
渡航者は隔離中、必需品の買い物にすら出られないが、PCR検査のためであれば外出はしても良い。
外部のクリニックで受けることにすれば、そのための移動であれば可能となるため、少し悩んだが
ロンドンの地理に明るいわけでもないし、休日に重なるため最悪上司の手助けも受けられないかもしれない。
また隔離中はどうせ家にずっといるので、自宅で行う検査が一番楽だと思い、郵送の検査キットを使うことに決めた。
 
しかし、現地に到着するなりいきなり上司から「ごめん、何かホテル側の事情で違う住所の部屋に泊まってもらうことになった」
と告げられ、急いで配送先を変えてもらった。手配業者の返事も”Hi, I have now changed this for you."と淡泊だったので
本当に届くかかなり不安だった。
 
だがそれは幸い杞憂に終わり、検査日の午前中にしっかり検査キットが届いた。
試行錯誤しながら検体を取り、配送前にシールに記名しようとした時、台紙と
手持ちのボールペンの相性が恐ろしく悪く、全くインクが出ず、30分程悪戦苦闘し、
2歳児が書いたようなラベルが完成した。もちろん、こんなことが起きると分かっていれば事前に油性ペンを持ってくるのだが、
かといって買い物に行くことも出来ず、試し書き用の紙とシールを30往復くらいした辺りでもどかしさが頂点に達し、
XXXKIN COVID-19.....と天を仰いだりした。
 
検体が出来たので発送をする。発送はRoyal Mailの優先ポストに入れればよいので、
近場のポストを探しつつテムズ川沿いを散歩した。
 
私の隔離先はロンドン橋にほど近い、昼間はオフィス街となる地域だった。
日本で言うと神田や秋葉原のようなイメージだろうか。昼間人口が減るためか、土日は飲食店が閉まっていることが多い。
テムズ川沿いに歩くと、ガイドブックの表紙によく載っているタワーブリッジのたもとまで来た。
タワーブリッジ左右に2つの塔を持ち、船の通航のため開閉可能な橋となっている。
テムズ川は大小多くの観光船が自由に行き交い、広くて賑わっている隅田川のように見えた。
 
川沿いでは多くの人がレストランで食事を楽しみ、ランニングや犬の散歩をし、観光をしていた。
やはりマスクは多くの人がしていない。こんなにも多くの人がノーマスクだと、自分がさも重症患者のような気がしてきて
気分が萎えてくる。また、自分がこの街に慣れていない東洋人であることが強調されてしまうようで
それも嫌だった。しかし、自分にはワクチンを打っていないという大きなハンデがあるので、マスクの装着は必須だ。
 
この日は朝からぱらぱらと雨が降っていたが、外出した昼過ぎには止んで、爽やかな風が吹き渡っていた。
 
外国に行くと、気候や空気の匂いの違いから強烈に「自分は異国にいる」ことを自覚させられることがある。
4年前に訪れたウズベキスタンカザフスタンではその湿度の低さでそれを感じたし、
2年前のインドではスパイス、ごみ、排気ガスなどが綯い交ぜになった空気の匂いからそれを感じた。
 
その点、ロンドンは自分が異国にいると感じさせる要素があまり無い。
もちろん景観は異なるのだが、看板や人々が話す言葉も英語で、何とか自分でも読み取ることが出来るし
想定の範囲内”の外国だ。
 
カザフスタンアルマトイを訪れた際は、気候も全く違うし、想像を超える山脈が眼前に広がり(天山山脈)、
英語も全く通じないため(ロシア語が第二言語としての外国語という扱い)、強く異国にいることを感じた。
カザフスタンに住む人自体はモンゴロイドの血が入っている人も多く、顔は日本人に似ていたりする。
だが英語は話せないため、互いに意思疎通を図ろうとしても一方は英語、一方はロシア語で全く会話が嚙み合わず
鏡の中にいる自分に話しかけているような、パラレルワールドにいるような気がして、切ない気持ちになった。
 
一方、ロンドンは風に少し湿度があるのも日本と似ているように感じられ、自分は恐らく
この国であまりストレス無く暮らせるだろうということが想像されて、少し嬉しいような、
またせっかくコロナ禍で外国に来ることが出来たのに、勿体ないような気もした。
 
散歩しながら電話をしていた夫は、終始羨ましそうに相槌を打っていた。夫は高校生の時に
数週間イギリスに旅行に来ており、その時に食べたテムズ川のウナギ(※注:日本のウナギとは全く味は異なる)が
いかにまずく、ドブのような味がし、付け合わせのマッシュポテトを使って間食したかを誇らしげに話してくれた。
私はリアクションで笑ってくれる人がいない時は体を張りたくないのでまっぴらごめんだが、
国外への渡航が難しい環境下、まだまだこの国で体験しなきゃいけないことは沢山あるなと気を取り直した。
 
束の間の外出は隔離中の自分にとって、大いなる気分転換となった。
 
時差ボケも少しずつ解消されているようで、この日は21時くらいまで起きていることが出来た。